「情報を発信するということ」に対して抱く私の思い

目安時間:約 7分
情報の波

こんにちは。

 

あなたは今日、どんな情報を見聞きしましたか?

 

 

私達は毎日あふれる情報の海の中を泳いでいます。

 

 

 

「情報とは「生もの」である」

 

と聞いたことありませんか?

 

 

確かに毎朝届く新聞も、毎日放送されているニュースやワイドショーも

 

常に最新の情報を扱っていますよね。

 

 

ですが時々「この情報は本当なのかな?

 

単純に傷付けた側を「加害者」として見てるけど、

 

実は傷付けられた側の「被害者」が何かしらの原因の発端

 

という可能性はないのかな?」

 

 

なんてうがった考えが頭をよぎることもあるんです。

 

その原因は・・・

 

ワタシが知っている歴史がいつの間にか変わっていた!

 

最近、ワタシが昔学生の頃に社会の授業で習った歴史と

 

娘が社会の授業で教えられた歴史に違いがある事を知り愕然としました。

 

私は「イイクニ(1192)作ろう鎌倉幕府」と教わったのに、娘は

 

「イイハコ(1185)作ろう鎌倉幕府」と習ったそうなんです!

 

 

あんまりです。いつ変わったのか全く知らなかったし、

 

もう今さら自分の中にある「イイクニ(1192)」の記憶を

 

書き換えられませんっ!いや、書き換えたくないっっ!!

 

 

そしてここ数年、

 

「新たなる事実が判明!〇〇実は□□だった!」なんていうことが

 

一つの番組として取り上げられることも多くなったなぁと感じています。

 

 

 

確かに昔あった出来事を100%間違いないものとして

 

語り継ぐというのは不可能なのかもしれません。

 

 

どんなに紙に残したとしても、それを読んで書いた人の気持ちを

 

全て理解できたかどうかなんて確認しようがありません。

 

 

理解できた気になっているだけで、

 

本当は意味が全く違って伝わっていることだってきっとあるハズ。

 

今現在、歴史を書き換えられている真っ最中かも

 

私達が住む日本はよく近くの国に因縁吹っ掛けられてます。

 

 

それだって歴史の資料には「被害人数〇〇人」って書いてあるのに

 

話をするたびに桁がどんどん増えていったりするじゃないですか。

 

ですが「嘘から出た真」で、何十年、何百年後かには

 

もしかしたらテレビでそれが事実として放送されているかもしれません。

 

 

 

事件が起こった直後の目撃者の情報は、正確さが高いですが、

 

そこから日が経つと記憶の薄れと共に、

 

「AのあとにBが起こったんだっけ?BのあとでAだったっけ?」

 

と小さなところの情報がどんどん曖昧になっていきます。

 

 

それくらい情報というのは「鮮度が大事」だということです。

 

「情報」に対するワタシの心持

 

ワタシは現在、このブログとは別に「楽天アフィリエイト用ブログ」を運営していて、

 

その様子をこのブログで報告する形をとっています。

 

 

楽天アフィリエイト用ブログも、そしてこのブログも現在進行形で情報発信しています。

 

情報を発信している今現在は「正しい」と思って記事にしています。

 

 

ですがいつかさらに新しい情報や、新たなる真実に埋もれてしまうと思います。

 

 

情報は常に新しいものに上書きされるものであることは世の常です。

 

それをわかっていながら情報発信をするというのは

 

もしかしたらいつか続ける意味を見失ってしまうかもしれません。

 

 

ですが、だからといってテキトーな情報を発信していいということにはなりません。

 

「ワタシが発信した情報が間違ってたとしても、どーせすぐ新しい情報にとってかわるだろうから。」

 

こんな気持ちを持ちながら情報発信することは間違いです!

 

 

たとえどんなに小さな情報だとしても自分で「正しい」と思って発信することが大事だと思っています。

 

そして万が一、後にその情報に不備があるとわかったときには

 

すぐさま訂正、必要であれば謝罪する姿勢は常に覚悟してのぞんでいます。

 

さいごに

 

現在ブログ運営4か月目、情報を精査する力もほぼほぼないワタシですが、

 

これからもワタシが書いた記事を目にする「あなた」のために

 

鮮度のいい情報をお届けしていきたいと思うのでした。。。

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